世の中にはたくさんのいろんな、経営者がいらっしゃいますね。
その中でも、秘書目線で、好かれる経営者と嫌われる経営者が存在します。
「秘書に」と掲題したけれど、これは個人的に私が秘書としてさまざまな経営者と相対してきて感じたことです。
ある経営者は驚くほど、嫌われていました。
会社全体がみーんな社長のことが大っ嫌いでした。
逆に珍しいくらい!
そのため、社員全員はとーっても仲がいい。一致団結してる。
忘年会も、一次会はさっさと終わらせ、社長の運転手をさっさと呼び、早々に帰宅の途に半ば無理やり、つかせる。
二次会は社長の悪口で盛大に盛り上がる。
社員の中には、もし社長がこれを意図的にしていたら、マネージメント、卓越してるね、と言ってる社員もいました。
でも、これは本来あるべき姿じゃない。
団結する理由が、「対社長」になってしまっていて、「対お客様のため」の団結ではないから。
だからこれは、マネージメントでもなんでもなく、ただの残念なパターン。
結果として、1か月に1人は退職者がコンスタントにでる。
体調、精神を病んでる人も増える。
正社員が減り、パートや契約社員が増える。
採用コストがかさんでいく。
これをマネージメントを呼ぶならば、何がしたいんだろうと…。
そうなると、新しい社員が入ってきても、一瞬でそのアンチの波に飲み込まれる。
日常に、いつも社長への愚痴が飛び交う。
大波に抗うのはよっぽどの猛者でなければ、難しい。
こうやってまた、アンチが加勢される。
そもそも、なんで嫌われていたのか。
それは秘書の私からみると、彼は
究極に孤独
だったから。
そして、私が出会った時はもう手の施しようがない状態だった。
いくら、手を差し伸べても、もう、素直になること、人を愛すること、そういった観念をすべて忘れてしまっていたようだった。
固い鎧は外せなかった。
だから周りの言うことも、鎧ではじかれてしまって、まったく聞こえないし、感じられない。鎧を通して物を見ているし、鎧の手で握手をされても相手は全然嬉しくない。
「愛情」と言われても、こちらにはなにも感じない。
鎧の中は裸の王様。
一方、彼自身は社員に対して、みんなから「お父さん」と呼ばれているほど、愛されていると錯視していた、か、そう自分に思い込ませていたか。
ただ、そうやって今までやってきて、事業は長年続いてきた。
それは紛れもない事実。利益もちゃんと出している。
だから、それはある意味、正しいのかもしれない。
今の私には何をもって、何が正しいのか、判断はつかないけれど。
少なくとも、私には私が幸せになれる場所ではないし、秘書として、私の力を注いでも、幸せにしてあげることもできない、そう思いました。